日露戦争の最中に、当時流行のミルクホールとして創業。
屋号の「高田牧舎」は初代店主藤田源太郎が高田町(現在の穴八幡神社周辺)にあった
牧舎の息子であったことに由来している。
ミルクホールとは、明治政府が当時国民の体質改善を目的にミルクを飲むことを推奨していたことから、主にミルクや軽食を提供する飲食店としてブームとなっていたお店であり、「高田牧舎」は大隈邸に毎朝新鮮なミルクを届けていたというエピソードが伝えられている。
いつしかミルクホールは有名ホテルのシェフを招き、看板メニューのカレーライスやハヤシライス、ミックスグリル、オムライスなど本格的な西洋料理を提供する洋食レストランとなっていく。